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実験用ダミー

ケリー・コーデス  /  2020年3月5日  /  読み終えるまで6分  /  デザイン

フィールドテスト・コーディネーターの魅力的なお仕事。エステス・パークの自宅から近いロッキー山脈で、夜中にびしょ濡れのジャケットとの和解に努めるケリー・コーデス。コロラド州 DanielGambino

わざと低体温症になる人なんている?
それは、この男。

僕の計画の魅力はシンプルさだった。濡れたジャケットを着てスキーで登高し、雪の中に座って、寒くなるまでの時間を計る。この実験が成功したとして、それからスキーで山を滑り降り、乾いたアンダーレイヤーに着替えて、クーラーボックスに入れておいたもう1枚の濡れたパーカを着る。そして同じ工程を繰りかえす。1時間ほど体が熱くなる運動をしてから、標高3,000メートルの雪のなかに座っている。そのあいだ快適さが持続した試作品の方が、濡れたときの速乾性と保温性に優れている、という実証となる。2着のウェアを1回のテストで試すことのできる、一石二鳥の実験というわけだ。天才的だ。

これが、ある2月の寒い日に僕が化繊インサレーションの試作品をバスタブに浸すことになった理由だった。理想としては、フィールドテストでは最悪のシナリオを再現するのが適切だ。極端な状況で機能するのであれば、他のどんな状況でも機能するに違いない。パタゴニアの化繊インサレーションの目標はどのような条件でも体を温かくしておくこと。そしてその対極にあるのが低体温症だ。低体温症になるとある時点で意識が朦朧として遠のき、その現実に気づかず危機に陥ることがある。震えが止まり、むしろ暖かさを感じてうとうとし、眠らずにはいられなくなる。錯乱はしばしば初期の兆候だ。

日没まであと数分というとき、僕はスキーでシール登高をはじめ、1時間後に座る場所にたどり着いた。この手のテストは夜間に実施した方がいい。なぜなら他に誰もいないから。助けが必要か、あるいは、いったいどういう訳で真冬に濡れたジャケットを着ているのか、などと聞かれることもない。風が絶え間なく吹き、ときおり突風が起こる。濡れた状態は決して快適ではないが、フィールドテストは我慢がすべて。それに、そもそもこれはアルパイン製品なんだ、スポーツウェアじゃないぜ、と自分にまくしたてた。スポーツウェアのテスターが低体温症を想定することはまずないだろう。

気持ちが落ち着くまでには少々時間がかかることもある。でも僕はいつだって冬のバックカントリーの静けさが好きだ。風でさえも平穏をもたらしてくれる。座る場所にたどり着くと雪を踏み固め、クッションの代わりにパックを置いた。そのあいだも、ヘッドランプの光の中で息が凍っていた。まずは立ったまま、果てしなく壮大な星と銀河系を見つめた。

パックの上に座って宙を見つめながら、これまでやった数々のアルパインクライミングのある日のことを思い出していると、震えが襲ってきた。それはまだ若く野心的な、いわゆる「破滅スタイル」で登っていたころで、僕たちはデイパックだけを担いで氷河から1,600メートル上にいた。ビバークせずにはその山に登れないことはわかっていたにもかかわらず、妄想的な楽観とともに愚かなほど軽装で出発した。対処しなければならなくなったら対処すればいいさ、と。やがて20数時間移動しつづけたあとに対処を迫られた僕たちは、風をよけるためにスノーマッシュルームに隠れていた。寝袋もなく、身を寄せ合って夜明けを待った。体力の消耗を防ぐために必死で震えを止めようとしたのを覚えている。体温が下がるなか、わざとゆっくり呼吸した。朦朧としながらもなんとか意識を保ち、寒さに沈没していく過程を観察した。自分は雪洞にいる僧なのだと言い聞かせ、眠気がさしたり混乱してきたら鳴るようにと、頭にアラームを仕掛けていた。やがて小鳥のさえずりが意識ある監視役に取って代わり、僕はアイソメトリックさえできないほどおかしくなった。何時間も朦朧状態をさまよった。雪の結晶の複雑なパターンを見つめていると、相関性について考えるようになった。たとえば、木からもぎ取った実の中には独自の宇宙があり、それは僕たちの宇宙と同じようなものだが、あまりに小さいため僕たちには見えない。それゆえ、他の巨大惑星から見れば僕たちも小さな木の実にすぎないのではないか、と子供のころに考えたように。風の音を聞き、まっすぐ前方を見つめると、雪のことを思い出した。暗闇に座ってちっぽけな雪尾根を観察していると、それが手で作られたものであれ風に作られたものであれ、じつはアラスカ山脈に向かう飛行機からの眺めや、クライミングのルートの途中にある雪庇なのではないかと思えてきた。夜空を見つめ、星や月までの距離を考えると、微小な木星は、じつは決して微小ではない。微小なのは僕たちで、木星は巨大だ。つまり雪の尾根は僕たちの居場所によって微小にも巨大にもなり得る。

ところで僕はいったいどこにいるんだっけ?

目の前にある雪の塊がアイスクリームに見える。アイスクリームは好きだ。自宅の冷凍庫にも入っている。ここは暗いが、それほど寒くはない。ちょっとひと眠りできそうだ。突風が吹きつける。胴のバランスが少し崩れる。まばたきをして頭をすっきりさせ、時計を見る。最初のジャケットの評価基準となる時間だ。僕は跳ね上がって腕を振り、アイソメトリックとエアスクワットをいくつかやってから、万一に備えて持ってきた乾いたパーカをパックから引っぱり出す(要は、安全第一)。スキーで山を下りて次のジャケットをつかむころには僕の体は温まって(少なくとも寒くはなくなって)いるはずだが、ふたたびここに戻ってくるまでにはまた寒くなるかもしれない。2着目の濡れたジャケットをテストしながら息が凍るのを眺め、また寒くなるまでの時間を計る。じつにシンプルだ。Aのジャケットと、Bのジャケットの比較。星空の下でそのフィールドテストをしているのは僕と、さえずる小鳥だけ。

ケリー・コーデスがパタゴニア製品をはじめてテストしたのは1990年代後期のことで、その思い出はいまも彼を温める。現在はコロラド州エステス・パークに在住し、パタゴニアのマウンテンスポーツ用フィールドテスト・コーディネーターとして働くが、これは彼の人生初のフルタイムの仕事でもある。

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